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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(新れ)230号 決定 1949年12月24日

和歌山市尾形町二丁目三番地ノ五

富士電機株式会社

右代表者取締役

藤田勝一

本籍並びに住居

和歌山市屋形町二丁目三番地

右会社取締役

藤田勝一

明治二五年一二月二一日生

右に対する法人税法所得税法違反各被告事件について昭和二四年九月七日大阪高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人西田郁平の上告趣意について。

上告の申立は、刑訴四〇五條に定めてある事由があることを理由とするときに限りなすことができるものである。同四一一條は、上告申立の理由を定めたものではなく、同四〇五條各号に規定する事由がない場合であつても、上告裁判所が原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めた場合に職権をもつて原判決を破棄し得る事由を定めたものである。

しかるに、所論は、明らかに同四〇五條に定める事由に該当しないし、また同四一一條を適用すべきものと認められないから、同四一四條、三八六條一項三号により主文のとおり決定する。

この決定は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 勝田八郞)

参照(被告上告趣意書)

上告趣意書

被告人 富士電機株式会社

同 藤田勝一

右の者に係る法人税法及所得税法違反被告事件について左に上告趣意書を差し出します

第一、第一審判決理由の第一事実に就いて(法人税法違反)第一審裁判所の判決の理由に被告人会社は昭和二十二年事業年度分「所得額十万三千三百六十四円を秘匿の儘昭和二十三年十一月三一日の申告期間を徒過し以て不正の行為に依りその税額五万八千百八十六円の法人税を逋脱し」とあり而して其の「不正の行為」とは「或種の取引は別個の帳簿に記入し正規の帳面に記入しない方法」商品棚卸の際一部を除外して損益計算等の書面に登載しない方法」及び予定申告徒過の方法」を判示し居り原審も亦全面的に之れを認めたる判決を言渡した

(一) 何を正規の帳簿といふか判示の別個の帳簿は不正規の帳簿なるか我が商法は第三二條及第三四條に於て帳簿といふのは、日記帳財産目録貸借対照表を呼称せるものの様であつて其帳簿は必ずしも一冊に限られて居らぬ商人の考案工夫により之れを作成しても差支えない、只其の内容が虚僞なりや否やによつて正規不正規を決定すべきである本件の帳簿は検第六号及び検第二号、検第三号皆共に正規の帳簿なること明白なる事実にして只期末の決算の際其の各々の帳尻を合算せさりし過失あるのみなり之れが果して脱税を意図したるものなりやによつて本件の有罪なりや否やを決定する鍵なりと信ずる初め和歌山税務署は十一万三千七百七十二円四十一銭の利益の秘匿なりとして告発したのであるが検事が和歌山税務署の調査せると同一の証拠物により取調べたる結果は僅かに一万千百九十二円となつた、かくなつた所以は検第三号記載の費目は多く被告人会社の為めに正当に支出されてゐたからである若し脱税の意図の下に検第三号の帳簿が作成されたものであるとすれば会社が当然支拂うべきものは此の帳簿より支出せず検六号の帳簿より支出すべき筈である。尚被告人会社の営業所及び倉庫は被告人藤田勝一の所有なるを無償にて貸し與へ藤田勝一は社長取締役なる二十二年度に於ては殆んど無報酬にて勤務してゐた若し税金を免んとすれば税務署が当然認むる此等の賃借料報酬を被告人会社より支出せばよいのであつて何を若んで税金逋脱の為め検第三号の如き帳簿を作成する必要あらんや因より事実の認定証拠の採用は裁判所の自由なるも事案を総括的に観証拠を綜合的に判断するは所謂「公平なる裁判所」の採るべき態度である本件は税金逋脱の故意なきものであり之れを立証する証拠に缺けるものである。

(二) 商品棚卸(検第四号証)については総て会社の決算期に於ける貸借対照表作成に当り会社の固定財産及手持商品又は仕掛商品を如何に見積るかは法律上の問題なりや将に亦会計学上の問題なりや頗る困難な問題であるが我が国では一般に会計学上会社経営の問題として取扱はれている貸借対照表の価値論は所詮は之れを作成する目的によつて制約される即ち会社積権者保護の為め企業の経営を基本とする為め企業の確実なる継続の為め或は企業の売却を目的とする為め等此の目的決定が貸借対照表上の価値の先決問題である従つて手持商品の価値が各場合に異つてくるのは巳むを得ない。どれが不正でありどれが適正であるかは其の貸借対照表を作成する目的と内容とを調査研討して初めて定まるものである我が商法には此の問題につき規定は僅かに第三四條と第二八五條だけで其の過大評価が禁止されているが少なく評価することは禁止されて居らぬ然るに本件に於て其の棚卸商品の評価につき何等の調査もしていない昭和二三年三月五日付申告書添付の貸借対照表及損益計算書(検第五号)によれば二十二年度の損益計算書中資産の部に於て仮拂金二三万三千二百八十円十六銭と又第二封鎖預金十一万九千二百三十三円十八銭とあり然かも前記仮拂金中八万円は昭和二十一年十二月に戰時補償特別税として支拂はれて居り(井垣武五郞昭和二四年二月廿三日第一審公判の証人調書)繰延資産の形で存在して居り第二封鎖預金は全く死債権にして僅かに三割内外が第一封鎖予金に繰入れらるゝ見込のものであつて其債権価値評価は三万五千七百円内外であり従つて二口に於て十六万円程の実質損失がある其債権が過大に評価された為めである。商品棚卸に当り此の損失填補の一操作として其の商品を減価償却して九万二千百七十二円の償却して損益計算書を作成したのであるが尚会社に於ては六万円余の実損金があるのである。之れ全く被告人会社る確実なる継続の為めの会社経理の運営に過ぎない。和歌山税務署(大蔵省の内規)が商品棚卸しに当り其の原価より一割の償却を認めて居る(第一審昭和廿四年二月二十三日証人赤松の証書)之れは只事務取扱上のことである何にも法規によつて定められたものでない果して一割の償却が適法であつて二割の償却が不法であるという何等の法的の根拠がない只其の減価償却の方法として一部の商品を除外するは確かに適当ではないしかし仮りに其の除外された商品の価格が全手持商品の価格の一割以下に相当せば和歌山税務署は之を以て税金を逋脱する為めなりと判断せざりしこと明白である果して然りとせば一部商品の除外のみを以て不正なる方法とすることが出来ない。要は損益計算書全体を考慮しつゝ一般会計学上認められたる定説に従い之れを行えばよい然るに之れを税金逋脱の為めの不正なる方法とあるは明かに一般の経験法に違反する判決である況んや此の除外された商品は次年度に於ても会社に留保され其の売却されたる物は会社の正当なる利益金として計上されて居り(昭和廿四年二月二十三日第一審公判調書井垣武五郞証人調書五十三丁参酌)被告人藤田勝一も只單に十万円以外の償却を命じた丈けである。

(三) 第一審判決は申告の徒過を以て不正の行為というも当らない。此の申告は所得概算申告であつて概算申告は大ざつぱなもので正確なものではない。然るに昭和廿三年三月五日には適法なる確定申告をなし居る以上概算申告徒過が何にも不正の行為とのみ判断すべきでない。

第二点 第一審判決理由の第二の事実(所得税法違反)に就いて

一、本件が起訴されたのは昭和廿四年二月二十三日であり被告会社が各給與額につき被給與者より徴收して和歌山税務署へ納入したのは昭和廿四年一月廿六日である即ち起訴前一ケ月に納入済であるかかる事案につき未だ告発された例も起訴された例も寡聞にして知らない、和歌山税務署は之れを滯納と見て取扱つてゐない(被第八号証)かかる事実については社会に存する不文の法を一つの構成体と見て極めて深く極めて広き根拠に立つて此の不文の法を適用すべきものであつて何にも成文法にのみ執着抱泥すべきものでない。之れは行政法上の行為については一般に認むる所である第一刑法学の根拠に於て之れを悉く所罰するとせば滯納者は悉く所罰されて此の法の適用は却つて有害であり弊害でもある之れ明かに法の適用を誤りたるものと信ずる。

昭和廿四年十一月廿三日

上告弁護人 西田郁平

最高裁判所第二小法廷 御中

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